生きづらい世の中になった原因は何か?最近の日本人の傾向から考える
世の中生きづらくなった原因

最近の傾向
IT化が進み、ネットで検索し、疑問を解決する、というケースが当たり前になった世の中。
世の中が『生きづらい』と感じるようになってしまった原因には、このネット検索で安易に
- 答えを出してしまう
- 答えを決めてしまう
ということの弊害とも言えます。
ネットの検索以外でも、掲示板の質問タイトルでよくみかけるのが、
「結局、○○はどっちがいい?」
「○○はあり?なし?」
という二者どちらかの選択肢しか無いような質問です。
例えば、
「あなたは猫派?犬派?どっち?」
こんな質問で、答えを決めてしまうことが、どれだけ危険で、自分で生きにくい世の中にしているのか、説明していきます。
曖昧さに線引きしてしまう弊害
例えば上記のように、猫か犬かどっちかしか選択肢が無い場合、完全に2つの間に線が引かれてしまうのです。
掲示板でこんな質問があると、結構な確率で猫派と犬派で争いが起き、猫派と犬派が敵同士になってしまうことがあります。
本来は、
- 猫が好き
- 犬が好き
- 猫も犬も好き
- 猫も犬も嫌い
という感じで、最低でも4つの選択肢があるはずなのです。
この選択肢があると、『猫が好き』な人と、『犬が好き』な人と、その間に『犬も猫も好き』という人が入り、緩衝材のような役割を果たします。
これが猫派犬派程度の話しで済めば良いのですが・・・
答えが無い曖昧さに答えを出す危険
算数のように、はっきりとした答えが出ないことや、割り切れないことに、答えを出したがる人がいます。
例えば、
「お弁当のおかずは何品?」
「家事の分担はどのくらいの割合で?」
など、これは各家庭により、
- 考え方
- 収入
- 使える時間
- 生活環境
などによって、色んな理由で大きく違ってきます。
ですが、そこに他人から言われたことを正解と決めてしまうと、それ以外のことをすると不正解のように考えてしまうのです。
これが非常に危険!
自分が決めた正解とは違うことをやっている人に対して、
「お前がやってることは間違ってる!」
という間違った考えに発展し、間違った考えを押し付けようとしてしまったりするのです。
ネットの検索結果を鵜呑みにする危険
ネットで検索をした時に、多くの人が検索結果の上位に表示されていると、それを正解と思ってしまう人がいます。
検索エンジンは、アルゴリズムによって間違った結果も出してしまうことも少なくありません。
実際に、それほど悪意で嘘を書いている内容が上位表示されることは無いのですが、その記事を書いた人が、
- 思い込み
- 勘違い
- 認識不足
- 取材不足
というような状態のまま掲載してしまっている記事も、少なくないのです。
ネットの検索で調べたことを鵜呑みにして、『恥をかいてしまった』という経験がある人もいるでしょう。
「だってネットで調べたら上の方に書いてあったもん・・・」
この間違ったことを信じて鵜呑みにして、自分が正しいと信じ、自分の正解と違うことを言っている人を叩いてしまうという人がいるのは、最近の傾向でもあります。
戦争にまで発展する線引き論
最近はニュース番組でも、敵味方のような線引きをし、敵のような存在には徹底的に叩く報道をし、味方のような存在には甘い報道をする、など偏向報道が多々あります。
勝ち組・負け組というのも、2つを敵と味方のように線引きをし、勝ち組は負け組を見下し、負け組は勝ち組に憧れ無理をしたり、逆に勝ち組を敵視することもあります。
こういう色んな物事を敵味方のように2つに分けて報道したり争わせることで、社会は簡単に2つに分断されてしまうのです。
この分断された社会は、敵と味方のようになるので、常に争いが起きたり誰かを敵視したり、社会がギスギスしてしまいます。
この、全く異なる考え方を認めずに、はっきりと敵と味方のように分断してしまうような考えは、国同士となれば戦争にまで発展します。
これが冷戦になるか実戦になるかなのですが、冷戦状態でも世界はギスギスした状態になり、実戦となれば殺し合いに陥るわけです。
恐ろしいことです・・・
まとめ
グレーゾーンの必要性と線引きの必要性
曖昧なところに線を引いてしまった瞬間、その線は基準となってしまい、その線から少しでもはみ出してしまえば、
- 間違ったことをした人
- 非常識な人
- 変わり者
などの悪いレッテルが貼られてしまうというようなことが、よくあります。
それが猫派と犬派の話しでも、猫派が犬派に悪いレッテルを貼り、犬派が猫派に悪いレッテルを貼る、というようなことも少なくないのです。
答えを出す必要が無い部分にまで、どちらかに答えを決めてしまうという傾向は、争いしか生みません。
本来は、
- どっちも好き
- どっちも嫌い
- どっちも普通
- どっちも微妙
など曖昧な部分が多くあるというケースが普通なのです。
犯罪のような法律に反することに対しては、しっかりと線引きをする必要がありますが、曖昧な部分に線を引き答えを決めてしまうと、そこに対立が起きてしまいます。
この曖昧な部分であるグレーゾーンに線を引いてしまうことで、社会がギスギスし、
「生きにくい世の中になったなぁ~」
となるわけです。
仕事や私生活でも線を引かれてしまい、柔軟に対応できず、
- 仕事がやりずらくなった
- 生活に支障がでてる
というような人も少なくないでしょう。
この線引きを間違ってしまうことで、生きにくい世の中をどんどん、自分たちで作ってしまっているのです。
グレーゾーンを上手に使い分けることは、非常に重要なのです。
グレーゾーンを残す大変さ
物事に線を引くというのは、一瞬は凄く楽なのですが、後に自分の首を絞めてしまうことが多々あります。
2つに1つのどちらかをやれば良いので、
- 教育
- ルール
- マナー
などでは、決めごとを作っておくと凄く楽なのですが、少しでもハミ出した瞬間に叱られたり叩かれたり、常に神経を尖らせて生きることになります。
しかしグレーゾーンがあれば、少しでも線からハミ出してしまうと反則となってしまうことがセーフになるわけです。
気持ち的にかなり楽に生きられるわけです。
このグレーゾーンを残すというのは、個人のモラルに任せることになるので、凄く大変なことではあるのですが、少し程度のミスや間違いなら許される社会になるので、ストレスが減ります。
社会から、このようなストレスが少しでも減ることができれば、『生きにくい世の中』から解放されるようになっていきます。
必要な部分にはしっかり線を引き、残しておきたい曖昧な部分はグレーゾーンとして残し、柔軟に対応できる部分をより多く残すことでより生きやすい社会となるはずなのです。